古山です。

今の季節、ツバキの葉に毛虫が群れになってついていることがあります。チャド
クガの幼虫です。触ると、人間の皮膚がかぶれるので嫌われています。

昨日、うちの門のそばにあるツバキの木で、見つけた見つけた。
まだ、小さい。しめしめ。
たった葉一枚に、みんな集まっているので、簡単に一網打尽にできます。

葉の縁に、みなさんの頭を揃えてずらりの並んでいる。
よくまあ、並んだものです。
並んで、葉っぱをむしゃむしゃ食べてる。

みていると、はぐれたのが列の端にやってきて、きちんと頭をそろえて列に加わ
る。なるほどねえ、こうやって列ができるんだ。
またやってきて、並ぶ。
へええ、見ていておもしろいですねえ。

子どもの頃を想いだしました。
こういうふうに、動物や虫を見ているのが大好きだったのです。
動く様子を見ているのが、ほんとに楽しいんです。

アリが、巣の中から小さな土の塊を運び出しては置いていく。
別なアリが、どこかから、虫の死骸を引っ張ってきて巣の中に運び込む。

夕方になるとオニグモが、おしりから糸をだしながららせん状に回って、巣を張
っている。

私が幼稚園のころだと思います。ディズニーの「砂漠は生きている」という映画
が来て、親に映画館に連れて行ってもらいました。これは映画体験のなかでも生
涯最高の感動だったと、今でも思います。

砂の中に、バーッと潜ってしまうスナネズミ。
パパッと動いてはピタっと止まるトカゲ。
そんな動きがおもしろくておもしろくてたまりませんでした。

あんなふうに動いたよ。
あんなふうに食べているよ。
あれ、飛んだ。
あれ、隠れた。

そんなことが、飽きずに見ていられます。
子どもに特有の能力だと思います。2歳の子でも、ダンゴムシがいたと大喜びし
て、歩く様子を眺め、つついたら丸くなるのをおもしろがっています。

大人になって、知識で生きるようになってから、このように生き物をおもしろが
れることがどれほど大事なことか実感できるようになりました。

「そういうふうに生きていること自体がおもしろい」
この感覚が大事なのです。

大人らしい大人になってしまってからだと、瞑想とかヨガとか、そんなものを使
ってやっとこせ取り戻せる感覚。


生き物全般に対して感じるものですが、特に、人間に対して「あんな人だ。あん
なふうに生きている。おもしろおい。へええええ、ほおおおお、きゃっきゃっ」

それが、他者に対する寛容と理解の基盤なのです。
あるいは、自分の中にうごめくものの観察の基盤でもあります。


子どもが生物の生きざまをおもしろがる力は、大人から支援しやすいものです。
大人が共感してくれると、子どもの中にあるものがエネルギーを持ち、ふくらん
でいくのです。
「あれがいたよ。あんなことしてるよ」と一緒になっておもしろがるだけ。

ほら、ほら、歩いているよ。

ほら、ほら、葉っぱをむしゃむしゃ食べてるよ。




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古山明男